『仄暗い水の底から』同名映画の原作も収録されているホラー小説の短編集
『仄暗い水の底から』と言えば、Jホラー的なジメジメとした陰湿なホラーであり、娘を思う母の愛を描いた感動作でも映画版が有名だろう。
その映画の原作に当たるのは、本作に収録されている『浮遊する水』であり、他の話は映画とは一切関係ない。
すべての話に共通するのは、東京湾を舞台とした水と閉鎖空間のホラー短編ということだけである。
収録されている作品のあらすじ
収録されている作品は、プロローグ・エピローグを除いて7つある。そのうちの6つのあらすじは以下のとおり。1つ足りない? 『ウォーター・カラー』は上手くまとめられなかった。
『浮遊する水』は映画版の原作であり、娘とマンションで暮らす女性が体験する恐怖体験を描いた作品だ。映画とは異なり、貯水槽についていろいろ察した女性が、娘を連れてマンションを後にするところで終わりとなっている。
『孤島』では、教師が恩師とともに第六台場の調査に向かう。彼は以前、友人から封鎖されている第六台場に乗り込み、恋人をそこに置いてきたと聞かされていた。果たして友人の話の真相はいかに。
『漂流船』では、マグロ漁船の乗組員たちが帰路についていると、無人の小型クルーザーを発見する。
漁船がクルーザーを曳航することになり、船員の一人がクルーザーに待機することになる。しかし気がつけば漁船の姿はどこにもなく、さらに船内には異様な気配があった。
『穴ぐら』では、漁師が失踪した妻を探し、大人しい息子を連れながら近所の人々に妻を見かけていないか聞いて回る。その日は見つからず、漁師は自身の船で漁に出ようとするが……。
『夢の島クルーズ』では、セールスマンがOBも多数参加する同窓会で知り合った夫妻に誘われ、夫妻のヨットで東京湾に出る。
夫妻からのマルチ商法の勧誘をうっとうしく感じていると、ヨットに異常が発生して動かなくなる。夫が海に潜り、スクリューを確認しに行くと……。
ちなみに、『夢の島クルーズ』はアメリカで『ドリーム・クルーズ』のタイトルで映画化されている。
『海に沈む森』では、ケイビングが趣味の男性が、仲間とともに入った処女洞窟に閉じ込められてしまったので脱出を試みる。
洞窟からの脱出を目指す『海に沈む』
本作の中で一番印象に残ったのは『海に沈む森』だった。
自身が主人公の杉山と同じ状況になったらと想像すると確かに怖くはあるのだが、他の話と比べるとオカルト要素は微塵もないのでホラー感は薄い。
むしろ、杉山が息子へ託したメッセージと、メッセージを確かに受け取った息子の姿に胸を打たれる感動作だった。
私は本作にホラーを求めて手を出したのだが、前述のとおり、この短編にはオカルト・ホラー的な要素はない。しかし読後はそのことに一切の不満がないどころか、予想外の感動に出会えたことに喜びを覚えた。
この話の主人公である杉山については、好奇心を優先した浅慮な行動はどうかと思ったが、それ以上に危機的な状況下でも冷静さを保ち、家族への愛情に溢れた魅力的な人物だったと感じた。
他の話の登場人物が、割と嫌な面を強調されていた反動かもしれないが。
裏表紙のあらすじが不親切
短編集としては非常に出来がいいのだが、事前情報なしだと同名映画の印象が強いこともあり、短編集だということがさっぱりわからないという問題点がある。
裏表紙にあらすじがあるのだが、これを読んでもホラー短編集だということはさっぱりわからないので、裏表紙のあらすじは書き直せと言いたい。特に短編集ということを明記して。
読書好きな人に薦めたい名短編集
読み終わった後に振り返ると、話の筋書だけを見れば、ホラーとしては平凡な話も多かったように思う。
しかし、作者の鈴木光司氏の確かな筆力のおかげでチープさや退屈さを覚えることはなく、ホラー(+α)短編集として非常に出来のいいものになっている。
ホラー好きはもちろん、読書好きな人にも薦めたい一冊である。
おすすめ記事