マンボウ映画レビュー記

Amazon Prime Videoで見られるホラー映画を中心に、適度にネタバレしつつレビューしています。たまにOVAや小説を取り上げることも。ライブドアブログより移行作業中。

『来る』怪異ぼぎわんVS日本の霊能力者集団!原作との違いが目立つが評価点もあり

ぼぎわんなる怪異と日本中の霊能力者がガチンコバトルを繰り広げる『来る』。

原作は澤村伊智氏の『ぼぎわんが、来る』。第22回日本ホラー小説大賞の大賞受賞作で、審査員から非常に高い評価を得た作品である。

そんな小説の映画化ともなれば、期待するなというほうが無理な話だ。しかし、実際に出来上がった映画は、原作の熱心なファンほど受け入れがたい作品になってしまった。

また、終盤の展開の都合上、純粋なJホラーを期待する層にもおすすめしがたい。

しかし、大勢の霊能力者が怪異退治のために協力するというなかなかぶっ飛んだ要素や、演出面での優れた点もある。

そのため、原作小説を読んだことがない人なら、本作の方向性を理解したうえで見るのはありだ。

 


映画『来る』予告

 

 

あらすじ

田原秀樹の地元では、とある怪異の話が語り継がれていた。名前を呼んではいけない、人をお山に連れていく怪異。だから大人たちは、その怪異を「あれ」と呼んでいた。

秀樹は幼少期のころ、あれーーぼぎわんに遭遇したことがあった。けれど何事もなく、大人になった秀樹は家庭を築いた。

妻の香奈、娘の知紗と平穏ながらも幸せな毎日を過ごす。イクメン仲間のパパ友とも意見交換をし、家族サービスも欠かさなかった。

そんな満ち足りた日々を送っていた秀樹の元に、ぼぎわんの影が忍び寄る。なぜ再びあれがやってきたのか。

わけもわからないまま、秀樹は香奈と知紗を守ることを決意。知り合いからオカルトライターの野崎と霊能力者の真琴に紹介してもらい、ぼぎわんに対抗しようとするがーー。

 

ぼぎわんの脅威におびえる人々と立ち向かう霊能力者たち

ぼぎわんに狙われる田原秀樹は、明るく活発なサラリーマンだ。子育てに強い関心を持っており、知紗が生まれた後は育児ブログを立ち上げるほど。イクメン仲間のパパ友たちとも積極的に交流する。

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妻の香奈はおとなしい女性で、感情表現がオーバーなきらいのある秀樹とは対照的な印象を受ける。娘の知紗のことは愛しているが、育児ノイローゼらしきところも。

秀樹たちに助力するのは、オカルトライターの野崎和浩と霊能力者の比嘉真琴だ。野崎は愛想がよくないものの、ぼぎわん対策には協力的である。映画ではV6の岡田准一氏が演じている。

真琴は髪をピンクに染め、パンク系のファッションを好んでいる。見た目だけだとエキセントリックな印象だが、実際には優しく面倒見のいい女性だ。

しかし残念なことに、真琴の霊能力ではぼぎわんに対処できないことが判明する。そこで登場するのが真琴の姉・琴子だ。

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琴子は淡々とした喋りが特徴の女性で、作中では日本最強の霊能力者と目されている。だが、有能ゆえに多忙なため、琴子自身がぼぎわんに対応する時間がない。序盤では実力の確かな霊能力者を紹介するにとどまる。

 

原作同様3章構成の物語だが描写に違いがある

小説『ぼぎわんが、来る』は3章構成になっており、章によって語り手が異なっていた。

1章はぼぎわんに狙われる田原秀樹、2章は秀樹の妻である香奈、3章は秀樹の助っ人として登場した野崎が語り手となる。

小説では、語り手が変わる構成と叙述トリックを利用していた。叙述トリックとは、特定の描写を意図的に省くテクニックだ。

叙述トリック短編集

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このトリックにより、1章では好印象だった人物が、2章以降ではまったく異なる人間として描かれており、思わずぞっとする人間の怖さや二面性が表現されていた。

映画でも3章構成という点や、各章の語り手は原作を踏襲している。しかし、とある人物の二面性については、原作とは異なり序盤から明確に描写されている。

尺の問題か、媒体の違いか。どちらにしろ、この点については原作にあったうそ寒い恐怖感が減ってしまい、残念だった。

 

秀樹をはじめ主要人物の設定がいじくりまわされている

映画『来る』はホラー小説『ぼぎわんが、来る』の映像化作品である。しかし、映画と原作小説をちょっと比較しただけでも、様々な改変が入っているのがわかる。

例えば真琴。霊能力者としての活動はボランティアで、原作の真琴は普段、ガールズバーのバイトをしている。

だが、映画ではなぜかキャバ嬢になっている。映画を見終わった後も、この改変がほどこされた理由が思いつかなかった。

真琴のパートナーである野崎も同様だ。原作小説の野崎は映画同様に不愛想だが、恋人の真琴は大切にしている。また「子どもは嫌い」と言いながらも、香奈や知紗には優しい面も見せていた。

だというのに、映画では寝ている真琴を「起きろブス」と言いながら蹴って起こすのだ。

2人の関係性もビジネスパートナーのようなものになっていた。さらに、終盤のストーリーに関わる野崎の重大な設定にも手が入っている。

野崎たち以外の登場人物も、いろいろと設定が変更されている。映画化のために設定が変わるのは仕方ない面もある。

問題なのは「その設定、わざわざ変える必要あった?」というものが多いのだ。

 

原作小説にあった描写を削ったせいで説明不足が目立つ

映画『来る』は、原作にあった描写を削ったせいで説明不足になっている部分が見受けられる。個人的に気になったのは、女性蔑視の描写、真琴が身に着けている指輪、魔導札の3つだ。

まず女性蔑視について。小説『ぼぎわんが、来る』では、2章から女性蔑視の問題に触れられる。特に秀樹の出身地では女性の扱いがひどく、この問題がストーリーの根幹に関わる重要設定だった。

映画序盤でも、秀樹たちが女性蔑視をしている面が強調されている。最初は「わかりやすくなっていいじゃん」と思ったのだが、困ったことに女性蔑視の伏線が回収されなかった

原作小説を読んでいない人は、なぜ女性蔑視の描写があるのかがわからないのではないと思う。秀樹たちと野崎の対比のための描写と受け取ればいいのだろうか?

真琴が身に着けている銀の指輪や、ぼぎわんにも大きく関係する魔導札の説明が不足している。簡単に言うと指輪はお守り、魔導札は呪いのアイテムだ。

映画だと、これらの呪術的アイテムが伏線もなしにいきなり飛び込んでくる。原作小説では伏線や説明がしっかりしていただけに、映画の唐突感が引っ掛かった

 

原作小説の小ネタをしっかり拾っている面も

ここまで原作の『ぼぎわんが、来る』と比較して悪いところばかり挙げてきた。しかし映画の『来る』にも、もちろんいいところがある。

原作小説の小ネタをしっかり拾っているところだ。小説では琴子が「最近はファブリーズが除霊に効果があるらしい」と語っており、映画でもファブリーズネタをしっかり拾っている。

ちなみに、ファブリーズの除霊効果はホラーゲーム『零~紅い蝶~』のスタッフの体験談が元ネタだ。

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琴子がラーメンを食べるシーンを入れているのも好印象だった。原作だと野崎と琴子が秀樹の地元にぼぎわんについて調査しに行き、そのときにラーメンを食べる。

映画では地元に行くくだりが全カットされている。それでもラーメンネタを入れてきたのは、原作ファンへのサービス精神のように思われる。

 

原作よりも扱いがよくなった女性霊能力者・逢坂

悪い改変が目立つ中、いい改変もあった。作中で出てくるとある女性霊能力者・逢坂についてだ。

小説では一般的な主婦として描かれているのだが、映画ではわかりやすさを重視したためか、テレビ出演もはたしているうさんくさい霊能力者になっている。演じているのは柴田理恵氏だ。

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逢坂のビジュアル面の変更は賛否あるかもしれない。しかし、小説ではやられ役にしかすぎなかった逢坂が、映画では霊能力者として活躍する場面もある。

原作よりも扱いが格段によくなっているため、映画の中でも印象的に残ったシーンだ。柴田理恵氏の演技自体もかっこいい。

もっとも、モブキャラに近い人物を大切にするくらいなら、主要人物たちをもっと丁寧に扱ってほしいと思ってしまうのだが……。

 

大勢の霊能力者が怪異退治のために協力する

前述の逢坂以外にも、本作は多数の霊能力者が登場する。主要人物である真琴や琴子だけでなく、日本中から集められた霊能力者たちがぼぎわんに対抗するのだ。

数人の霊能力者が力を合わせ、怪異退治をする。そういう作品は無数にあるが、本作は協力し合う霊能力者たちの数がとんでもないことになっている。

霊能力者たちは多種多様な人物たちだ。やかましいおばちゃん集団だったり、スーツ姿のおじいちゃんたちだったり。女子高生グループまでいる始末だ。

そんな霊能力集団が1つの目的のために一致団結し、大掛かりな儀式を行う。原作にはない展開どころか、他のホラー作品でもなかなか見られないシーンだ。

終盤は霊能力者が怪異に立ち向かうという、エンタメ性の強い作品になっている。そのため、じっとりとしたJホラーを求める人には向かない。

だが、映像映えする儀式はエンターテイメントとして素晴らしかった。その後に待ち受けるぼぎわんとの対決について、否が応でも期待が高まってしまうほどだ。

 

演出はかっこいいがBGMの使い方はおかしい

原作との比較をやめ、1つの映画として『来る』を見ると、テンポや演出の良さに目が行く。明るい(ように見える)場面と、薄暗い場面の落差も印象的だった。

鏡の使い方も面白かった。本作では原作同様に、怪異は鏡を嫌うという設定がある。それを踏まえたうえで、中盤で窓ガラスに映る香奈と終盤で割れた鏡に映る別の人物を比べてみてほしい。

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上記のとおり、演出については優れた面もある。けれど、BGMの使い方やチョイスは明らかにおかしかった

本作は現代日本が舞台ながらも、地方にまつわる言い伝えや神道風の儀式など和の要素が強い作品だ。だというのに、なぜ英語ボーカル入りのBGMを採用したのだろうか。

演出面は優れたところがあるのだが、BGMの使い方だけはどう考えても違和感しかない

 

予告のナレーションは梶裕貴氏が担当


映画『来る』【ロングトレーラー】

本編とは関係ないが、ロングトレーラーのナレーションを声優の梶裕貴氏が担当していたりする。氏のファンなら予告だけでもチェックすべきかも?

 

原作との違いが目立つがホラー系エンタメとして評価点あり

小説『ぼぎわんが、来る』が原作ながらも、改変が目立つホラー系エンタメ映画『来る』。

原作ファンからすると受け入れがたい改変が多いわりに、原作を読んでいないとわかりづらい描写がある。そのせいで、どうにもちぐはぐな印象を受けてしまう。

とはいえ、演出面のレベルは高く、ホラー系エンタメとして優れた独自性もある。怖いJホラーを求める人には向かないものの、大勢の霊能力者たちが行う儀式は本当に見応えがある。

原作小説とは別物と割り切ることができれば、十分楽しめるだろう。そういう意味では、原作を読んでいない人におすすめか。説明不足な点はスルーする必要があるけれども。

 

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