マンボウ映画レビュー記

Amazon Prime Videoで見られるホラー映画を中心に、適度にネタバレしつつレビューしています。たまにOVAや小説を取り上げることも。ライブドアブログより移行作業中。

『天使の囀り』怖いというより気持ち悪い!貴志祐介のホラー小説

近年だと『新世界より』や『悪の教典』で有名な貴志祐介氏が、1998年に書き上げたホラー小説『天使の囀り(さえずり)』。

天使の囀り (角川ホラー文庫)

天使の囀り (角川ホラー文庫)

 

ホラー小説ではあるが、幽霊などの出てくるオカルトホラーではない。そもそも、怖いというより気持ち悪いというタイプの作品だ。生理的に嫌悪感を覚える描写が多く、特に虫や蜘蛛が嫌いな人にはおすすめできない。逆に、そういった生理的な気持ち悪さに快感を覚える人には読んでほしい。

あと、妙に力の入ったオタク描写が見もの。ちなみに、『天使の囀り』は1998年6月に発売された。まだまだオタクへの偏見や差別が根強かったはずの頃だ。

 

 

あらすじ

北島早苗には、作家の恋人がいた。恋人の高梨は、本人は否定しているものの、死恐怖症(タナトフォビア)という面もあった。

高梨は、新聞社の主催するアマゾン調査隊に参加した。彼を含めた班員は5人。ジャングルで迷った5人は、ウアカリ(猿の一種)に遭遇する。そのウアカリは人間を目の前にしても逃げ出さない奇妙な個体で、5人はウアカリを殺害して肉を食べる。

その後、原住民とトラブルがあったものの、無事に帰国する高梨たち。しかし、帰国後の高梨は躁状態のようになり、死愛好症(タナトフィリア)のような行動を示す。死恐怖症だったはず高梨は、ついには睡眠薬と酒を服用して自殺してしまう。

高梨は、自殺する前に早苗に語っていた。「天使の囀りが聞こえる」と――。

 

アマゾン調査隊の死を調査する主人公たち

主人公は、ホスピスで働く精神科医の北島早苗だ。本作は、基本的に彼女の一人称で進む。

早苗の恋人の高梨は、小説家だ。アマゾン調査隊には、紀行文を書くために参加した。しかし帰国して以来、躁状態や過剰な食欲といった異常な変化があり、「天使の囀り」という謎の言葉を遺して自殺する。彼の死をきっかけに、早苗は高梨の身に起こった謎を追う。

早苗に協力する福家(ふくや)は、アマゾン調査隊を主催した新聞社の記者だ。会社の命令で、アマゾン調査隊の自殺したメンバーについて調べている。

線虫の専門家である依田(よだ)も、早苗の協力者だ。中盤からは福家と入れ替わるような形で早苗とタッグを組み、アマゾン調査隊の死について調査する。筋金入りの厚生省嫌いでもある。貴志祐介氏は厚生省に個人的な恨みでも?

 

天使の正体は線虫

自殺した高梨は、「天使の囀り」や「天使の羽音」という言葉を遺した。この天使の正体は線虫である。作中ではブラジル脳線虫やウアカリ線虫と呼ばれている、架空の線虫だ。感染源は、アマゾン調査隊が食べたウアカリだ。

高梨が語っていた「天使の羽音」は、線虫が内耳に入り込んで起こした音だ。「天使の囀り」は、脳に到達した線虫が脳神経を刺激したことによる幻聴である。

ブラジル脳線虫に寄生された一部の人たちは、ある程度、薬物で症状を抑えていた。しかし、進行をとめることはできなかった。つまり、「羽音」や「囀り」が聞こえた時点で絶望しかないのだ。

 

ブラジル脳線虫に感染した人間が経る4つの段階

ブラジル脳線虫の感染した人間は、4つの段階を経る。

第1段階は爽快な気分になる。第2段階は爽快感が異常なまでに亢進され、食欲や性欲も過剰に亢進される。第2段階から、線虫の働きによって強いストレスが快感になってしまう。死恐怖症(タナトフォビア)だった高梨が死愛好症(タナトフィリア)のような兆候を見せたのも、線虫の働きのせいだ。

第3段階では活動性が低下するが、ストレスが快感になるのは変わらない。野生のウアカリなら、この段階で捕食者の餌食になる。逃げ出さないウアカリが、高梨たちに食べられたように。

人間だと、さらなる快感を求めて自殺に走る可能性がある。作中では、動物嫌いの人が肉食動物に身をさらし、潔癖症の人が汚水で溺死している。ある人物の蜘蛛に関する行動は、感染者の異常な言動の中でも、多くの読者に強烈な嫌悪感を与えただろう。

しかし、基本的に捕食されることのない人間は、第3段階になっても死なないことがある。その場合、症状はドン引きものの第4段階に移行する。第4段階がどんなものなのかはネットで検索すればすぐ出てくるが、できれば小説で確認してほしい。一緒にドン引きしよう。

ちなみに、本作のブラジル脳線虫ほどの凄まじさはないが、宿主に異常行動を取らせる寄生虫は実在する。『十二章 メドゥーサの首』では、ある吸虫がアリの行動を制御する話を依田が語る。

ネット上で有名なのが、カタツムリを宿主とする寄生虫ロイコクロリディウムだ。詳細は省くが、検索すると少々グロテスクな画像が出てくるので要注意。

 

妙に力の入ったオタク描写

基本的に、本作は早苗の一人称で進む。しかし一部の章は、早苗とは無関係の人物の視点から語られる。

もうひとりの語り手である荻野信一は、重度の蜘蛛恐怖症(アラクノフォビア)である。ネットで見かけた自己啓発セミナーにうっかり参加してしまったがために、作中で最も悲惨な目に遭う

この信一を語るうえで外せないのが、オタクであるということだ。それもただのオタクではなく、キモオタだ。今で言うコミュ障でもある。

このように書くと、オタクに偏見を持っている作者が、テンプレ的なキャラを用意したように思えるかもしれない。しかし、貴志祐介氏本人がオタクなのではないかと思ってしまうくらい、信一の描写には力が入っている。キモオタのテンプレ要素を表面的になぞったものではなく、完全に理解して描写している。というか、貴志祐介氏は実際にオタクらしい。

信一のオタク描写で最も強烈なのは、『八章 守護天使』で彼が書いた評論(のような駄文)だ。素人が調子に乗って書いたような、絶妙に下手くそな文章である。誰がここまでやれと言った。

評論は論理的に書かれるべきだが、信一の駄文は論理的とは言い難い。思ったことを勢いのままに書き散らした文章である。だと言うのに、ゲームやアニメを愛するオタクなら思わず共感や納得してしまう要素を含んでいる。なぜベストを尽くしたのか。

 

生理的な嫌悪感を堪能したい人向け

線虫の恐怖を描いたバイオホラー『天使の囀り』。感染者の異常な言動といった、サイコホラー的要素もある。

寄生虫をテーマにした作品のため、いろいろと気持ち悪いと思ってしまう描写が存在する。蜘蛛や第4段階に入った感染者の描写は、特にキツい。そのため、気軽に人に勧められない困った作品だ。

しかし、作品自体は上質である。そのため、生理的な嫌悪感を覚えるのが大好きな人向けである。……もう感染しているのでは?

 

天使の囀り (角川ホラー文庫)

天使の囀り (角川ホラー文庫)

 

 

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